Renault Passions

  • facebook
  • twitter
SCARABIKE × HIROSHIGE KOIKE

Sporty & Wellness #002,

Photos:Sachihiko Koyama (STUH) & Text:Tonao Tamura

僕が選ぶべき道は1本しかなかった

「徹底して上質であること」。そう謳った自転車づくりに欠かせないのは、日本の技術と夢を語る情熱だった……。どんな時代であっても人を動かすのは人の思いであることを証明する、恋愛小説に似たメーカー創成記。

  • SCARABIKE × HIROSHIGE KOIKE
  • SCARABIKE × HIROSHIGE KOIKE
  • SCARABIKE × HIROSHIGE KOIKE
  • SCARABIKE × HIROSHIGE KOIKE

 もしあなたが自転車をつくるとしたら、どこから手をつけるだろうか? フレーム、ホイール、あるいはサドル?  スカラバイクの代表、小池洋成さんが選んだのは、“ラグ”と呼ばれるパーツだった。細いフレームパイプをつなぎ合わせるための継ぎ手。自転車の性能を決定づける極めて重要な部品ではあるけれど、自転車趣味人でも取り立てて話題にしない地味な箇所だ。 「日本製と外国製のラグを見くらべたとき、日本製の出来に愕然としたんですね。そんな細かいところまで磨いて作ったって誰も見向きもしないのに、あえてこだわって精度を求める。なるほど、これが世に言うメイド・イン・ジャパンなのか、こういう技術が戦後の日本を支えてきたのかと、その小さな部品に歴史の一端を見せつけられた思いでした」
 大学を卒業した後、イベント制作会社に就職して数年経ったとき、漠とメーカーやブランドに関心を抱いた。「物をつくって売り、製品の価値を高めていく」という潔さに心が動いたそうだ。ただ、製造業に関する知識も経験もない自分にとって、それは見た目に鮮やかな“隣の芝生”、一時の憧れで終わるだろうと思っていた。
 そんなとき、小池さんは自転車と出会う。意外にさり気なく。しかし運命的な予感とともに。 「大学時代の仲間と飲みに行くバーがあって、そこで自転車好きな人に“オレの愛車、乗ってみろよ”と勧められたんです。正直、自転車に興味なんてなかった。けれど何気なく乗ったその街乗りバイク――東京の小さな工房がつくった上質なモデル――が思いのほか素晴らしかったんですね。それこそ父親が買ってくれた最初の自転車以来の感動に近いものがあった。もしやこのプロダクトで自分のメーカーを興せたらおもしろいんじゃないか? そう気づいてしまったんです」
 それ以降の小池さんの行動は恋愛小説のプロットそのものだ。ひと目惚れの相手は高嶺の花。麗しき自転車部品をつくる国内の中小企業は産業構造の変化で衰退の一途だったから、思いを伝える時間にも限りがあった。 「どうすれば日本の基幹技術を残せるかを考えたら、まず牽引力の強いメーカーが必要だろうと。しかも自分が手掛けるならハイエンドのプロダクト。いちばん上を目指さなければ意味がないし、ブランド力もつかないと思いました」

  • SCARABIKE × HIROSHIGE KOIKE
  • SCARABIKE × HIROSHIGE KOIKE
  • SCARABIKE × HIROSHIGE KOIKE
  • SCARABIKE × HIROSHIGE KOIKE

 そうして28歳で退社。自転車の知識を学ぶため、小さなメーカーに“でっち奉公”覚悟で飛び込んだ。それが恋に焦がれた男の覚悟だった。 「自分がメーカーになるならまずはラグからスタートしようと思い、修行時代から国内最高のラグをつくる大阪のエーショーという会社に連絡を取り始めました。でも、最初は素っ気ないもので。そりゃそうですよね。ツテなどないからいきなり電話して、受話器を取った事務の女性に夢を語っても怪しまれて当然。社長に取り継いでもらうだけでも必死で、ようやく電話口に出てくれた社長にすら“ウチは自動車に切り替えた。自転車はもうやらない”と断られる始末。ただ、こっちに来るなら会うよと、そう言ってくれました」
 あんたの思いはうれしい。だが、数のまとまらない仕事をする余裕はもうない。それがエーショーの赤松社長の言葉だった。時代の流れを考えれば至極まっとうな判断だし、赤松氏にすれば、夢にうなされる若者の熱を一刻も早く下げようとした思いやりでもあったのだろう。だが恋は、いや自転車に注ぐ小池さんの思いは、障害が多いほど高まっていく。 「通い詰めて2年かかりました。結果的に赤松社長の了解が他の会社への信頼となって、僕がつくりたかった自転車が生まれたんです。けれど実際、無理な頼みでした。現場の担当者は少ロットの部品製作なんて嫌うんですよ。そこで社長が部下に頭を下げてくれた。“頼むで”と。胸が熱くなった瞬間でした」
 スカラバイクのホームページ、『構成部品』のページには細部の写真が25枚も並び、そのすべてに製造会社のクレジットが記されている。2か所を除き、いずれも日本の社名だ。それらメイド・イン・ジャパンの粋を集めた小池さんの自転車は、フレームタイプが異なる2種ともに42万円の価格がついている。
 「途中であきらめようとは思わなかったですね。国産のハイエンドという目標を定めた時点で、僕が選ぶべき道は、たとえ細くても1本しかなかったから。あるバイヤーさんに言われたことがあるんです。台湾製にして20万円になるなら全国展開できると。けれど、セカンドラインをつくるつもりなんてない。短期的な商売ならそれもありますが、日本の技術を残すことで将来のお客さんに満足を提供したいんですね。だからこそ僕はメーカーでありたいし、欧米に輸出もしたいし、いつかは工場を持ってエンジニアや技術者を育てたい。その土台を僕の代で築けたらいいなと。
 自分で会社を立ち上げて、祖父の言葉を思い出したんですよ。“石をしっかり積み上げないと城は建たない”と。やがてその石が誰からも見えなくなったとしても…」
 そんな話を聞いて、小池さんがラグに惹かれた理由がわかった気がした。「ただ、自分の代では金儲けできそうにないですね(笑)。エンブレムにしても七宝焼きにしたり、わざわざレーザー加工でフレームと一体化させたり。ハイエンド・プロダクトを研究して、そのデザイナーがどこにこだわるかを研究した結果なんですが、いちいち高くつく方向にいっちゃいます」
 発売開始から1年余りのスカラバイク。想像の5分の1の歩みだというが、最近ではホームページにヒットした海外からの問い合わせも増えているそうだ。最後にひとつ質問してみた。自転車を愛していますか?
 「ええ、もちろん。正確に言えば、自転車をつくる人が好きです。パーツをひとつずつながめると、それぞれ社長の顔が浮かんでくるんですよね」

スカラバイク

「徹底して上質であること」を命題として自転車の企画から製造・販売を手がけるスカラバイクは、2007年7月、小池洋成さんによって立ち上げられた。ラグ、フレーム、ブレーキワイヤー、タイヤなど構成部品のほとんどが職人による手作りというこだわりは国内メーカーでも唯一無二。大量生産品との違いは、サドルをまたぎペダルをひとこぎするだけで一目瞭然の精度を誇る。

http://www.scarab11.com/

掲載情報は2012年6月時点のものです。

LATEST CONTENTS

※写真には一部欧州仕様を含みます。

PAGE TOP